※本記事は、社会保険労務士が実際に行う支援内容をもとに構成した【モデルケース事例】です。
類似の課題を抱える方にとっての参考となるよう、実務に即した構成としていますが、地域名・状況設定は一部仮定を含むことを、あらかじめご理解ください。
想定される背景
このお好み焼き店は西成区津守地区で55年間にわたって営業を続けており、創業者の祖父が戦後復興期に開店した歴史ある老舗です。初代創業者は戦後の混乱期に一枚のお好み焼きから商売を始め、地域住民の胃袋を支え続けてきました。二代目は高度経済成長期に店舗を現在の場所に移転し、近隣の工場労働者や家族連れの顧客を中心に事業を拡大しました。三代目となる現在の後継者は大学卒業後に一般企業で3年間勤務した後、家業を継ぐために店に戻ってきており、伝統的な味を守りながらも現代的な経営手法を取り入れたいと考えています。
長年にわたる家族経営では、労務管理について明確なルールが存在せず、家族の都合や店の状況に応じて柔軟に対応してきました。創業者は高齢ながらも毎日店に立ち続けており、二代目経営者は仕入れや経理を担当し、三代目は接客や新メニューの開発を手がけています。しかし、家族労働者の労働時間や休日、報酬の支払い方法などについて明確な基準がなく、雇用している従業員との処遇格差や労働条件の不明確さが問題となっていました。
雇用している従業員についても、長年勤務しているパート社員が中心で、なあなあの関係で労働条件が決められてきました。出勤時間は手書きのメモで記録し、給与計算は二代目経営者が電卓で行っていましたが、残業時間の正確な計算や有給休暇の管理は行われていませんでした。社会保険についても、「小さな店だから関係ない」と考えており、加入条件を満たす従業員がいても手続きを行っていませんでした。最低賃金の改定についても情報収集が不十分で、数年前の水準で賃金を支払い続けているケースもありました。
外国人技能実習生の受け入れについても、知人の紹介で始めましたが、在留資格の管理や適切な労働条件の提供について十分な知識がありませんでした。言語の壁もあり、労働条件や安全対策について十分な説明ができていない状況でした。また、フィリピンの文化的背景や宗教的配慮についても理解が不足しており、コミュニケーションの問題が生じることもありました。
法制度の変化についても対応が遅れがちでした。働き方改革関連法の施行、年次有給休暇の取得義務化、同一労働同一賃金の導入など、相次ぐ法改正について情報は入手していましたが、小規模事業者にどのような影響があるのか、具体的にどのような対応が必要なのかについて理解が不十分でした。「今まで問題なくやってきたから大丈夫」という意識が強く、積極的な対応を取っていませんでした。
転機となったのは、三代目が本格的に経営に参画し始めたことでした。一般企業での勤務経験がある三代目は、現在の労務管理体制に大きな危機感を抱いていました。「このままでは従業員に申し訳ないし、万が一労働基準監督署の調査が入ったら大変なことになる」と家族に訴え続けました。また、将来的に事業を承継する立場として、「法令を遵守した適正な経営をしたい」「従業員が安心して働ける環境を整えたい」という強い意志を持っていました。
決定的なきっかけとなったのは、近隣の同業者で労務トラブルが発生し、元従業員から未払い残業代の請求を受けたという話を聞いたことでした。また、コロナ禍で一時的に営業を停止した際、雇用調整助成金の申請を行おうとしましたが、労務管理の記録が不十分で申請が困難だったことも大きな反省材料となりました。三代目の強い説得により、家族全員が労務管理改革の必要性を認識し、専門家である社労士との顧問契約を締結することに合意しました。
社労士のポイント解説
顧問契約を締結した社労士は、まず家族経営特有の労務管理の複雑さを理解することから始めました。家族労働者と雇用労働者が混在する職場では、労働基準法の適用関係や社会保険の取り扱いが複雑になるため、それぞれの立場を明確に整理する必要がありました。創業者、二代目経営者、三代目後継者については、事業主としての地位を有するかどうかを慎重に検討し、労働者性の判断を行いました。その結果、創業者と二代目経営者は事業主として、三代目後継者は将来の承継予定者ながら現時点では労働者として取り扱うことが適切と判断されました。
現状の労務管理体制について詳細な実態調査を実施したところ、多くの改善すべき点が発見されました。最も深刻な問題は労働時間の管理でした。手書きのメモでは正確な出退勤時刻の把握が困難で、特に繁忙日や人手不足の日には長時間労働が常態化していました。残業代の計算も不正確で、一部の従業員については数年間にわたって適正な賃金が支払われていない可能性がありました。社会保険についても、加入条件を満たすパート社員2名が未加入の状態が続いており、遡及適用による対応が必要でした。
社労士は段階的なアプローチで改善を進めました。まず緊急対応として、正確な労働時間管理システムの導入を行いました。家族経営の特性を考慮し、複雑なシステムではなく、シンプルで使いやすいタイムカード方式を採用しました。全従業員に対して新システムの使用方法を丁寧に説明し、抵抗感を軽減するよう努めました。過去の未払い賃金については、可能な限り記録を復元して計算を行い、適正な支払いを実施しました。金額が大きくなったため、従業員との協議により分割払いでの対応となりましたが、全従業員が納得できる解決方法を見つけることができました。
就業規則の作成では、家族経営の実態に合わせた内容とすることに重点を置きました。家族労働者と雇用労働者の処遇の違いを明確にしつつ、不合理な格差が生じないよう配慮しました。労働時間については、お好み焼き店の営業時間に合わせた変形労働時間制を採用し、繁忙日と閑散日の労働時間の差を適正に管理できるようにしました。賃金制度では、基本給、技能手当、勤続手当、残業手当の区分を明確化し、昇給の基準も透明化しました。特に長年勤務しているパート社員に対しては、勤続年数に応じた処遇改善を実施し、従業員の定着促進を図りました。
社会保険の適正化については、未加入だった2名のパート社員の加入手続きを迅速に行いました。遡及適用による保険料の負担については、事業者と従業員で適切に分担し、年金事務所との調整も社労士が代行しました。また、外国人技能実習生についても、在留資格の確認と適正な社会保険加入を実施しました。今後の加入判定については、月次での労働時間チェック体制を構築し、条件変更時の迅速な対応を可能にしました。
外国人技能実習生への対応では、特に丁寧なサポートを提供しました。フィリピン出身の技能実習生に対して、母国語での労働条件説明書を作成し、日本の労働法制や文化について詳しく説明しました。宗教的な配慮についても事前に確認し、金曜日の祈りの時間確保や食事に関する配慮などを労働条件に反映させました。また、技能実習の目的である技能習得がお好み焼き調理技術の向上につながるよう、計画的な指導体制を整備しました。
事業承継に向けた準備も重要な課題でした。三代目への円滑な事業承継を実現するため、現在の経営状況と労務管理体制を詳細に文書化しました。従業員との雇用契約書、就業規則、賃金台帳、社会保険の加入状況など、承継に必要な全ての資料を整備しました。また、三代目に対して労務管理の基礎知識を習得してもらうための研修も実施しました。労働基準法の基本的な考え方、社会保険制度の仕組み、給与計算の方法、労務トラブルの予防策などについて、実践的な内容で指導を行いました。
有給休暇の管理制度も新たに整備しました。これまで有給休暇の概念が曖昧だった職場で、年5日の取得義務化に対応するため、従業員ごとの付与日数と取得状況を管理する台帳を作成しました。小規模店舗の特性を考慮し、繁忙期を避けた計画的な取得スケジュールを策定し、家族労働者を含めた代替要員の確保体制を構築しました。従業員には有給休暇が労働者の権利であることを説明し、取得を促進する風土づくりに努めました。
継続的な改善については、月次の定期訪問を通じて労務管理状況をモニタリングしました。勤怠データの確認、法改正情報の提供、従業員相談への対応、経営課題についてのアドバイスなどを定期的に実施しました。特に最低賃金の改定については、事前に影響額を試算し、メニュー価格の見直しや効率化による対応策を提案しました。また、家族間の労務管理に関する意見の調整も重要な役割でした。世代間で異なる価値観や経営方針について、法的な観点から適切なアドバイスを提供し、家族の合意形成をサポートしました。従業員向けの制度説明会も定期的に開催し、労働条件の変更や新制度について丁寧に説明することで、労使関係の改善と信頼関係の構築を図りました。
解決イメージ
社労士との顧問契約により、この家族経営お好み焼き店は劇的な変化を遂げました。最も大きな変化は労務管理の透明化で、従業員から「今まで曖昧だった労働条件がはっきりして安心できるようになった」「きちんと残業代が支払われるようになり、頑張った分が報われると感じる」との声が聞かれるようになりました。長年勤務しているパート社員からは「社会保険に加入できて、将来への不安が軽減された」「勤続年数に応じた処遇改善があり、長く働いてきた甲斐があった」と高い評価を受けています。
外国人技能実習生については、母国語での説明により労働条件への理解が深まり、「日本の労働法について学ぶことができ、技能実習の意味をより深く理解できた」「宗教的な配慮をしてもらえて、安心して働ける環境になった」と満足度が向上しました。お好み焼き調理技術についても体系的な指導を受けることで、「単純作業ではなく、技能を習得している実感がある」と実習の質的向上も実現しました。
家族労働者にとっても大きなメリットがありました。創業者は「長年の勘に頼った経営から、きちんとしたルールに基づく経営に変わることで、安心して事業を孫に託すことができる」と語っています。二代目経営者は「労務管理に関する不安がなくなり、本業のメニュー開発や接客サービスの向上に集中できるようになった」と実感しています。三代目後継者は「現代的な経営手法を学びながら、伝統的な家族経営の良さも活かせるバランスの取れた経営ができるようになった」と将来への自信を深めています。
事業承継の準備も順調に進んでいます。労務管理に関する全ての書類が整備され、従業員との関係も良好になったことで、「いつでも安心して事業を承継できる状態になった」と家族全員が認識しています。三代目は労務管理の基礎知識を習得し、「従業員を大切にする経営をしたい」という強い意識を持つようになりました。また、従業員からも「三代目になっても安心して働き続けられる」との信頼を得ており、円滑な世代交代が期待されています。
労働環境の改善により、従業員の定着率も大幅に向上しました。導入前は年間離職率が30%を超えていましたが、現在は5%以下に改善されています。「働きやすい職場になった」「家族的な温かさと法令遵守が両立している職場は珍しい」との評価により、新たな人材の確保も容易になりました。特に若い世代からは「伝統的な店で現代的な働き方ができる」と好評を得ており、人材不足の解消につながっています。
有給休暇の取得も大幅に改善されました。導入前はほぼ0%だった取得率が、現在は85%を超えています。「有給休暇を取ることで、リフレッシュして仕事に取り組めるようになった」「家族との時間を大切にできるようになり、私生活も充実している」との声が聞かれ、従業員満足度の向上に直結しています。家族労働者を含めた代替要員体制により、一人が休んでも店舗運営に支障をきたすことがなくなり、チームワークの向上も実現しました。
経営面でも良い影響が現れています。適正な労務管理により従業員のモチベーションが向上し、サービス品質の改善につながりました。お客様からは「スタッフの笑顔が増えた」「接客が丁寧になった」との評価を受けており、リピーター率の向上に貢献しています。また、労務リスクの解消により、経営の予見可能性が高まり、設備投資やメニュー開発などの前向きな投資も行いやすくなりました。
地域への波及効果も見られます。この取り組みは西成区内の他の家族経営事業者の間でも話題となり、商店街の勉強会で事例発表を行いました。「家族経営でも現代的な労務管理は可能だということを実証してもらった」との評価を受け、複数の同業者が同じ社労士に相談するようになりました。地域全体で労務管理水準が向上することで、「働きやすい商店街」としての認知度が高まり、人材確保や地域活性化にも貢献しています。
数値的な改善効果も顕著に現れました。従業員の離職率は年30%から5%に大幅に改善し、新規採用コストの削減と経験者の定着により、安定した店舗運営を実現しました。有給休暇取得率は0%から85%に向上し、従業員満足度調査では95%が「働きやすい職場」と回答しました。労務管理業務時間は週12時間から2時間に短縮され、本業への集中度が大幅に向上しました。潜在的な未払い賃金リスク約150万円を解消し、法的安定性を確保しました。
現在、三代目への正式な事業承継の準備が進んでおり、来年春の実施を予定しています。労務管理体制が整備されたことで、承継手続きも円滑に進む見込みです。また、事業拡大についても検討を始めており、「適正な労務管理ができるなら、もう一店舗出してみたい」との意欲も見せています。コロナ禍で売上が減少した際も、適正な労務管理記録により雇用調整助成金を活用でき、全従業員の雇用を維持することができました。現在は業績も回復し、過去最高売上を記録する月も出てきています。
結論として、西成区の家族経営お好み焼き店において、社労士との顧問契約は伝統的な家族経営の良さを保ちながら現代の法制度に適応した経営体制を構築し、従業員満足度の向上、経営リスクの軽減、円滑な事業承継の実現という多面的な成果をもたらしました。特に世代交代期にある家族経営事業者にとって、専門家との継続的なパートナーシップは、伝統の継承と革新の融合を実現する重要な戦略であることが実証されています。
